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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)792号 決定 1957年2月07日

抗告人 榎田熊一

相手方 千田日用品市場商業協同組合 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨並びに理由は別紙抗告状に記載してあるとおりである。

然しながら、民事訴訟法第六百八十七条の規定に基く引渡命令は、債務者に対してのみこれを発し得べきものであり、競落不動産を占有する第三者に対しては競落人は訴をもつてその引渡を求むべきものであつて、前記引渡命令によることができないことは原決定の説示するとおりである。従つて当裁判所の判断と意見を異にする抗告人の主張は到底これを採用し難く、又その挙示する裁判例も本件には適切ではないから、これを容れ難い。

然れば原決定は相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

抗告状

抗告の趣旨

原決定を取消す。

債権者株式会社東京相互銀行、債務者東海興業株式会社間の横浜地方裁判所昭和二十八年(ケ)第二三九号不動産任意競売事件に付、横浜地方裁判所執行吏に対し別紙不動産に対する相手方千田日用品市場商業協同組合並びに同渋谷良臣の占有を解き之を競落人たる抗告人に引渡すべきことを命ずる。

旨の裁判を求めます。

抗告の理由

一、抗告人は抗告の趣旨記載の競売事件につき別紙目録記載の不動産(宅地及び建物)を競落し、昭和三十一年六月二十七日横浜地方裁判所の競落許可決定を受け、同年七月三十日競落代金の全額を支払い、右不動産は完全に抗告人の所有に帰した。かくて抗告人は同年八月八日同裁判所より債務者東海興業株式会社(昭和二十九年八月三十日商号を株式会社千田鉄工所と変更す。疏第五号証参照)の占有を解き競落人たる抗告人に該不動産を引渡すべき旨の引渡命令を受け、昭和三十一年八月十日同裁判所執行吏岩瀬甲に委任し、右引渡命令の執行を行つたところ、右執行に立会つた債務者会社の取締役で且つ相手方たる千田日用品市揚商業協同組合の代表理事である千田己代造は債務者会社と右協同組合との間に賃貸借契約により昭和三十一年四月三日附を以て(公証人国又鎮静同月四日附確定日附)賃貸借しある旨、又競売物件中の土地に付ては只今契約書はないが同様賃貸借あり目的土地の向つて左方の一部は渋谷良臣が債務者より賃借し、現に同人が土地に建物を建築中なる旨答え、同執行吏は第三者占有中に係ると認め執行不能となした(疏第四号証参照)。然し乍ら前記競売事件に於て同裁判所の競売開始決定は昭和二十八年十二月十七日債務者会社に送達せられ、又同月七日同決定による任意競売申立の登記がなされて居るから、右登記の記入と同時に本件土地並びに建物に対する差押の効力を生じたものなるところ、昭和二十九年三月二十九日同裁判所執行吏木村慎治郎が目的不動産に対する賃貸借取調を為した際には、(イ)本件宅地に付ては何れも賃貸借なく、(ロ)本件建物に付ては二階六室中四室に賃貸借あり、(孰れも相手方以外の者)階下は車庫の部分は金原六郎店舗に改造し賃借中、その余の部分は目下空家となり賃貸借なかりしものであつて(疏第二号証)之を前記引渡命令の執行調書(疏第四号証)の記載と彼此綜合考覈すれば、相手方両名の占有は前記賃貸借取調後(従つて前記差押の効力を生じた後)になされたこと洵に明瞭であるから、抗告人に対抗することを得ざるものである。故に抗告人は相手方等を被告として建物又は宅地引渡の訴訟を提起するという迂路に出る迄もなく、その占有土地又は建物の引渡命令を求め得るものと謂うべきである。

二、原審決定によれば、「いわゆる引渡命令は債務者(担保提供者を含む。)に対してのみ発し得るものと解すべきであり第三者に対しては、たとえその占有が賃貸借取調後、即ち競売開始決定による差押の効力発生後、債務者から承継することによつて始まつたものとしても、競落人としてはその所有権に基き明渡請求の訴を以てその引渡を求めるべきであり、引渡命令によることはできないと解すべきである。」とされて居る。

しかし競落代金の全額を支払つた競落人は差押の効力を生じた後に債務者との賃貸借契約によつて差押不動産を占有する第三者に対し民事訴訟法第六百八十七条に従いその占有不動産の引渡命令を求め得ると解すべきであつて、既に同趣旨の判決は昭和二十九年四月三十日福岡高等裁判所において為されて居り(高等裁判所判例集第七巻第四号三九一頁以下所載)更に昭和三十年十一月五日の同裁判所の判決(高等裁判所判例集第八巻第八号五七九頁以下所載)亦右趣旨の判決をなし、競売手続の実際においても同趣旨の取扱を為して居る例もある(東京地方裁判所第三競売掛)。之を求め得べしとなす根拠は右昭和二十九年四月三十日の判例において詳記せられて居るので、敢て茲に縷説しない。

三、原決定が引渡命令を拒否すべき理由として挙示せられた理由中「たとえ申請人主張のごとき引渡命令が認められるとしても、その相手方は競売開始決定による差押の効力発生後の債務者の特定承継人に限るべきであるが、現に不動産を占有するものが右条件に該当する者なりや、また然らずして競売開始決定前から占有する者或いは単なる不法占有者なりやの点を確定するには慎重な審理を要し、競売裁判所が軽易な手続で判断するには適しない事項である。殊に執行吏による賃貸借取調の結果が客観的事実と合致しないことは間々あることであつて、これを過信することは危険であるから、賃貸借取調調書に記載のないという事実のみで判断することは妥当でない。」との点については、少くとも本件の如き明白な事案に対しては妥当しないと思料する。

四、孰れにしても同一事項につき裁判所間に法解釈を異にすることは実務家をして適従に迷う次第であるから、敢て御庁の判断を求める次第である。

物件目録

(一) 横浜市磯子区丸山町字広地七番の一一六

家屋番号三十九番の四

一、木造セメント瓦葺二階建独身寮兼車庫

建坪 三十四坪 外二階 二十二坪

(二) 同所同番の一一六

一、宅地 百十六坪一合三勺

(三) 同所同番の二二五

一、宅地 三十二坪七合七勺

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